Source: Promotional photo of Mick Karn (Japan era)
I first saw Mick Karn on the Japanese TV program Best Hit USA, in the video for Japan’s “Quiet Life.”
At first, of course, my eyes went to David Sylvian standing at the front. With his blond hair, refined face, and presence like an actor from a European film, he was impossible to ignore.
But the red-haired bassist standing beside him somehow caught my attention.
A thin, elongated body.
A cold, expressionless face without eyebrows.
A strange stage movement, sliding quickly sideways as if he were floating.
And although he barely showed any emotion, he had an extraordinary presence.
He should have been a supporting figure, yet somehow my eyes kept being drawn to him.
And above all, what shocked me most was his bass.
Until then, I had thought of the bass mainly as an instrument that supported the song from below. But Mick Karn’s fretless bass was different.
Booom… pwaaang…
The sound slid, swayed, and moved like a living creature.
It did not simply keep rhythm. It seemed to drift through the space itself.
For me, the period from Quiet Life to Gentlemen Take Polaroids, and then to Tin Drum, was especially important.
The cold urban floating feeling of “European Son.”
The midnight mist-like stillness of “Nightporter.”
The tense loneliness of “Ghosts.”
Japan had the power to turn atmosphere itself into music.
Of course, David Sylvian’s voice and world were wonderful. But for me, it was Mick Karn’s bass, moving somewhere deep inside that atmosphere, that made Japan truly unique.
His bass never pushed itself forward too much. Yet before you knew it, it controlled the entire atmosphere of the song.
Later, I discovered great bassists such as Jaco Pastorius and Billy Sheehan. Of course, they were both incredible players.
But Mick Karn had something different from technical brilliance.
There was something mysterious in his playing − a feeling that went beyond theory or notation, as if he were playing through air and emotion.
I think that same sensibility was also connected to his strange sculptures, his cold and decadent appearance, and the way his body moved across the stage.
He was not merely a bassist. He was an artist who expressed sensation itself.
And that feeling still flows into Velvet Ashes today.
Velvet Ashes is not simply a nostalgic project. We are not trying to recreate the 1980s.
What we want to preserve is the atmosphere of London and Europe from that era − the feeling of being in Japan while being deeply drawn to some distant, damp night overseas; the loneliness and unease that could not be put into words; the coexistence of beauty and darkness.
For that reason, Mick Karn remains a special presence for me.
He is not just a bassist I like.
Perhaps he was the first person who taught me that it was possible to turn atmosphere into sound.
Related Articles
Mick Karn’s music, visual presence, and artistic sensibility remain deeply connected to the atmosphere that inspires Velvet Ashes: European darkness, Japanese sensitivity, post-punk elegance, and the beauty of unease.
To explore more about Velvet Ashes and its cultural background, please visit the Velvet Ashes official website.
Mick Karnを最初に見たのは、テレビ番組『Best Hit USA』で流れていた Japan の「Quiet Life」の映像だった。
最初はもちろん、フロントに立つ David Sylvian に目が行く。
金髪で、整った顔立ちで、どこかヨーロッパ映画の俳優のような存在感があった。
けれど、その横にいた赤い髪のベーシストが、どうにも気になった。
細長い身体。
眉毛のない無機質な顔。
横へスーッと滑るように動く不思議なステージアクション。
しかも、ほとんど感情を表に出していないのに、異様な存在感がある。
普通なら“脇役”のはずなのに、なぜか視線を持っていかれる。
そして何より衝撃だったのは、彼のベースだった。
それまで、自分の中でベースという楽器は、曲を支える低音の役割という印象が強かった。
けれど、Mick Karnのフレットレス・ベースは違った。
ブーン……ポワーン……
音が滑り、揺れ、生き物のように動く。
リズムを刻むというより、空間そのものを漂っているような音だった。
特に、Quiet Life から Gentlemen Take Polaroids、そして Tin Drum に至る流れは、自分にとって特別な時間だった。
European Son の都会的で冷たい浮遊感。
Nightporter の深夜の霧のような静けさ。
Ghosts の、張り詰めた孤独感。
あの頃のJapanには、“空気そのもの”を音楽に変えてしまう力があった。
もちろん、David Sylvianの歌や世界観も素晴らしい。
しかし、自分にとっては、その空間の奥でうごめくMick Karnのベースこそが、Japanを唯一無二にしていた。
彼のベースは、前に出過ぎない。
けれど、気がつくと、曲全体の空気を支配している。
その感覚は、後になって聴いた Jaco Pastorius や Billy Sheehan のような超絶技巧系とも違っていた。
もちろん彼らは素晴らしい。
だが、Mick Karnには、“上手さ”とは別の妖しい感覚があった。
譜面や理論を超えて、空気や感情で弾いているような感覚。
それは、彼の奇抜な彫刻作品や、無機質で退廃的なルックス、ステージ上を滑るように動く身体表現とも、すべて繋がっていたと思う。
彼は単なるベーシストではなく、“感覚そのものを表現する芸術家”だった。
そして、その感覚は、今の Velvet Ashes にも確実に流れている。
Velvet Ashesは、単純な懐古主義のプロジェクトではない。
ただ80年代を再現したいわけでもない。
あの時代のLondonやEuropeの空気。
日本にいながら、どこか遠い異国の湿った夜に心を惹かれていた感覚。
言葉にできない違和感や孤独。
そして、美しさと不穏さが共存する空気。
そうした“感覚の記憶”を、自分たちなりの形で現代に残したいと思っている。
だから今でも、自分の中でMick Karnは特別な存在だ。
単に好きなベーシストではない。
「空気を音に変える」ということを、最初に教えてくれた人なのかもしれない。
代表曲(Key Tracks)
Sensitive
Titles
Buoy
Tribal Dawn
The Tooth Mother
主要アルバム(Essential Albums)
Titles (1982)
Dreams of Reason Produce Monsters (1987)
The Tooth Mother (1995)
ミック・カーン(Mick Karn、本名:アンソニー・ミカエリデス(1958年7月24日 - 2011年1月4日)
2010年6月、公式サイトにて進行形の癌である事を公表。
2011年1月4日、イギリス・ロンドンの自宅にて死去。享年52歳。
あの個性的なベースを今後新作で聴けなくなるのは・・残念です。
強烈なビジュアルも含め、直感的で超個性的なベースは・・まさに彼からしか生まれないものであったので、ジャパン時代からベーシストとしては高い評価を得ていたと思います。
本人は、楽譜が読めず独学でベースを覚えたことから、長年コンプレックスを持っていたようですが、裏を返して見れば・・・だからこそ、あのユニークなフレーズが生まれたとも言えるでしょう。
1982年「心のスケッチ」をリリース、1983年には、ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロとシングル「アフター・ア・ファッション」をリリースします。
残念ながら、アルバムの制作は行われませんでしたが、ダリズ・カーのユニットに繋がっていきます。
|
|
ジャパン解散後は、数多くのアーティストのアルバムでセッションを行っており、ソロ活動でも多数の作品を残しています。
ジャパン時代から日本人と繋がりが深かったこともあり、矢野顕子の「愛がなくちゃね」、土屋昌巳の「Rice Music」、SUGIZOの「TRUTH?」、The d.e.p「地球的病気」にも参加しています。
彼の自伝。あまり幸せではない子供時代、JAPAN結成のいきさつ、恋愛やデビとの確執など彼のことが詳しくわかる本当に興味深い内容となっています。僕は何度も読み返しちゃいましたね。
![]() |
・Titles"(1982年)
・Dreams of Reason Produce Monsters(1987年)
・Bestial Cluster(1993年)
・The Tooth Mother(1995年)
・Collector's Edition(1997年)
・Each Eye a Path(2001年)
・Each Path a Remix(2003年)
・More Better Different(2003年)
・Three Part Species(2006年)
・Selected(2007年)
・The Concrete Twin(2010年)
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
■ソロ作品以外
|
|
|
|
バウハウスのピーター・マーフィーと往年のわだかまりも解け、久しぶりにDali‘s Carを再結成。
病と闘いながら作成した最期の作品「InGladAloneness」
■音楽活動以外
元々、ギリシャのキプロスに子供の頃住んでいて、イギリスロンドンに引っ越し。
さて、そんな彼が学生時代にデイブ・バット(デビッド・シルヴィアン)と友達になってバンドを組んで、JAPANの音楽活動以外にも、レストランのペンギンカフェを当時日本人の恋人と10か月間営業。
(オープンから閉店まで盛況…しかし、ミック自身は早朝からのペンギンカフェの仕事にうんざりしていた・・との事。)
その彼女のその時の中国趣味がメンバーの趣味やJAPANのサウンドにも大きく影響を与えている様で、僕が1000回以上聞いているラストアルバム「錻力の太鼓」はメンバーにも影響したサウンドとジャケットになってます。
![]() |
JAPANが解散した時期は、ようやく日本だけではなく英国本国や欧州でも人気が出始めた頃で、バンドとしてはこれから世界へという残念なタイミングでした。解散の原因は、主には人間関係のもつれ。詳しくは、自伝を読んでください。
ペンギンカフェにてミックが作った、指の形にカットしたビスケットは大盛況だったようです。
「シナモン風味のビスケットにチョコレートの爪、かじったときに血の代わりに出て来るジャム」
さすがベースだけではなく・・・料理も個性的で普通ではないw
で・・・僕と同様に猫を愛していた。本名カシミール・カーン(通称カッシュ)
彼女(カッシュ)はミックと最も長い時間をともにしたパートナーだった。写真から判断すると彼女はメインクーンか?
(写真 ミックカーン自伝より)
亡くなってからも、ずっとミックは財布に愛猫カッシュの写真を持っており、カッシュを火葬した後に灰をアンティークの木製の宝石箱に毛の束と一緒に入れて大切にしていたとの事。
本当にカッシュを愛していたのでしょう。
その他、ミックは彫刻にも才能を発揮。
1980年12月8日から20日までの12日間にわたり、ロンドンのハミルトンズ・ギャラリーで彫刻個展を開いています。その際の写真。
(シンコー・ミュージック:ミュージックライフ1981年3月号より)
ちなみに彫刻の値段は、当時の価格で約17万円から110万円。
やっぱり彼らしい個性的な作品が並んでいる。手の作品が1978年に作った一番最初の作品。
そこにミックの大ファンだったゲイリー・ニューマンが来て意気投合!?
![]() |
もちろん、JAPANのメンバーも駆けつけてくれて祝ってくれた。
(シンコー・ミュージック:ミュージックライフ1981年3月号より)
そのほかハミルトンズギャラリーでは、デュラン・デュランのニック・ローズ、ザイン・グリフ、デイブとか個展を開いていた。
ちなみにザイン・グリフも若いころはボウイ風。近年、音楽活動を再開。
|
|
![]() |
さて、ミックは1981年頃は将来的に日本に住もうと思っていた。
日本語が難しかったとの事で実現しなかった・・・。残念。
(シンコー・ミュージック:ミュージックライフ1981年3月号より)
でもJAPANは日本では凄く人気があったから日本とのつながりは深い。
1982年のJAPANツアーに参加していた土屋昌巳とはソロになってからも一緒にライブ活動。
SUGIZOとも音楽活動をともに、恋人も日本人だったり日本は最後まで大好きだったようですね。
ちなみにミックが参加した土屋正巳(一風堂)の作品とSUGIZOが主宰するCROSSレーベルからの作品。
|
|
天国で、彼は今でも彫刻作ったり、超個性なベースを弾いてると思っています。愛猫のカッシュも一緒じゃないかな。亡くなる前は、バウハウスのピーター・マーフィーとも仲直りした様で、良かったと思っています。
To explore more about Velvet Ashes and its cultural background, please visit the Velvet Ashes official website.

























