2026年02月28日

David Sylvian

david2.jpg


Photo: David Sylvian promotional photograph, circa Brilliant Trees era.

Source: Virgin Records / promotional press material.





David Sylvian was far more than simply the vocalist of Japan.
For many listeners in Japan during the late 1970s and early 1980s, he represented a mysterious European aesthetic unlike anything found in mainstream rock music at the time.




When I first saw the “Quiet Life” video on the Japanese TV program Best Hit USA, it was unforgettable.
Long before many people had even heard the records, magazines such as Music Life had already transformed Japan into mythical figures within Japanese youth culture.




Looking back now, I believe David Sylvian’s image strongly resonated with Japanese aesthetics of the era − especially the worlds of 1970s shojo manga and the Takarazuka Revue.
The elegant, melancholic, and androgynous beauty associated with characters such as Oscar from The Rose of Versailles strangely overlapped with David’s image.




Early Japan albums such as Adolescent Sex and Obscure Alternatives carried strong feelings of anxiety, alienation, and emotional struggle.
Songs like “The Tenant” felt psychologically intense and deeply unsettling, yet strangely addictive.




Everything changed with Quiet Life.
With Tony Visconti’s production, the music, image, atmosphere, and European sophistication finally became unified.
The visual elegance and the sound itself finally matched perfectly.




Later albums such as Gentlemen Take Polaroids and Tin Drum pushed Japan into even more experimental and futuristic territory.
Ironically, their biggest hit became “Ghosts” − an unusually fragile and introspective song that hardly resembled a conventional commercial single at all.




As a solo artist, David Sylvian reached a remarkable balance between artistic sophistication and accessibility on Brilliant Trees.
The music videos, photography, and collaborations with Ryuichi Sakamoto revealed an artist who had finally discovered his own creative path.




However, over time, Sylvian gradually moved away from commercial expectations.
Albums such as Secrets of the Beehive still retained beauty and atmosphere, but later works became increasingly abstract, experimental, and inward-looking.
Even his appearance changed − the glamorous European icon slowly transformed into a quiet, almost invisible artist.




Yet perhaps that was always David Sylvian’s true nature.
Unlike David Bowie, who maintained a connection with mass audiences while constantly reinventing himself, Sylvian seemed more interested in disappearing deeper into his own inner world.




Even today, his influence can still be felt within gothic, post-punk, darkwave, and atmospheric alternative music cultures around the world.






Connection to Velvet Ashes




The influence of David Sylvian and Japan can also be felt within Velvet Ashes.
Not through imitation, but through atmosphere, emotional distance, European melancholy, and the idea that music can express silence, loneliness, and beauty simultaneously.




Velvet Ashes was never created simply as a revival of post-punk or gothic music.
It was born from lived experiences − from Japanese listeners who emotionally connected with European alternative culture while living far away from it.




The strange emotional connection many Japanese listeners once felt toward David Sylvian still echoes today within darkwave, gothic, and post-punk aesthetics.
That emotional lineage remains alive.






Related Articles



Japan – The Band That Became a Myth in Japan



Mick Karn – The Sound That Defined Japan



Ippu-Do – Japanese New Wave and Sophisticated Pop



Yellow Magic Orchestra YMO – Japanese Electronic Music and Art Pop



Velvet Ashes Official Website



日本語




デヴィッド・シルヴィアンは、単なるJapanのヴォーカリストではなかった。
1970年代後半から80年代初頭の日本において、彼は多くの日本人にとって「未知のヨーロッパ的美意識」そのものだったと思う。




私が初めて動くデヴィッドを見たのは、「ベストヒットUSA」で流れた “Quiet Life” の映像だった。
しかし当時、日本の『ミュージック・ライフ』などの雑誌では、既にJapanは神話的存在になっていた。




今振り返ると、デヴィッド・シルヴィアンのイメージは、1970年代少女漫画や宝塚的美意識と強く共鳴していたように思う。
『ベルサイユのばら』のオスカルのような、中性的で気高く、孤独を感じさせる存在感。
そのイメージが、日本人の感性と深く重なったのではないだろうか。




初期作品『Adolescent Sex』『Obscure Alternatives(邦題:苦悩の旋律)』には、強い不安や苦悩が刻み込まれていた。
特に “The Tenant” のような曲は、精神へ直接入り込んでくるような危うさを持っていたと思う。




そして『Quiet Life』で全てが変わった。
Tony Viscontiを迎え、音楽、ヴィジュアル、ヨーロッパ的洗練、空気感が完全に一致し始めた。




さらに『Gentlemen Take Polaroids』『Tin Drum』では、Japanはより未来的で実験的な世界へ到達していく。
その中で最大のヒットとなった “Ghosts” は、普通ならヒット曲にならないような、静かで脆く、内面そのものをさらけ出した異様な楽曲だった。
しかし、その歌詞や空気感こそが、デヴィッド自身の本質だったのかもしれない。




ソロ作品『Brilliant Trees』では、デヴィッドは芸術性と商業性の絶妙なバランスを実現していた。
MVも非常に洗練され、坂本龍一とのコラボレーションや写真作品などを含め、「総合芸術家的存在」としての魅力を確立していたと思う。




しかし『Secrets of the Beehive』以降、彼は徐々に商業性から距離を置いていく。
作品はさらに内面的、抽象的、実験的になり、ヴィジュアル面でも、かつての耽美的スター像から、静かな隠者のような存在へ変化していった。




それでも、彼にはデヴィッド・ボウイの後継者になれる資質があったように思う。
ただし、ボウイが変化しながらも大衆との接点を維持したのに対し、デヴィッド・シルヴィアンはより深く自分自身の内面へ潜っていった。
そこが二人の大きな違いだったのかもしれない。






Velvet Ashesとの繋がり




Velvet Ashesにも、David SylvianやJapanから受け継がれた空気感は確かに存在している。
それは単なる模倣ではなく、
「静けさ」「孤独」「距離感」「ヨーロッパ的憂鬱」「美しさと不安の共存」
といった感覚である。




Velvet Ashesは、単なる懐古的Post PunkやGothicの再現ではない。
日本に生きながら、ヨーロッパの暗く美しいカルチャーへ精神的共鳴を感じてきた感覚、その記憶や空気を作品として残そうとしている。




かつて多くの日本人がDavid Sylvianへ感じた、言葉にできない感情。
その感覚は、今もDarkwave、Gothic、Post Punk文化の中で静かに生き続けているのだと思う。


```


代表曲(Key Tracks)
Orpheus



Red Guitar
Ghosts (Japan)
Taking the Veil



Forbidden Colours


1982年、ジャパン解散後にデヴィッド・シルヴィアン(David Batt 1958年2月23日 - )は、ソロに転向し坂本龍一やロバート・フリップ等のミュージシャンとのコラボレーション作品を多数発表しています。


主要アルバム(Essential Albums)
1984年「Brilliant Trees」
1985年「Alchemy: An Index of Possibilities」
1986年「Gone to Earth」
1987年「Secrets of the Beehive」
1999年「Dead Bees on a Cake」
2000年「Approaching Silence」
2000年「Everything and Nothing」
2002年「Camphor」
2003年「Blemish」
2005年「The Good Son vs. The Only Daughter」
2007年「When Loud Weather Buffeted Naoshima」
2009年「Manafon」
2010年「Sleepwalkers」
2011年「Died in the Wool」
2012年「A Victim of Stars 1982-2012」
2014年「There's a Light That Enters Houses With No Other House in Sight」

そんな彼の人生に興味のある方は、こちら「The Last Romantic」をどうぞ。ジャパン時代の写真も掲載されていて、ボツになったと思われるニューロマ風のメイク写真など面白かったですね。
100A977F-11BB-49B0-ADA3-1C7F3C606116.jpg

DAVID SYLVIAN: THE LAST ROMANTIC



1983年に坂本龍一との共演によるシングル「禁じられた色彩」をリリースします。
この曲は、デビッド・ボウイ、坂本龍一が出演した「戦場のメリークリスマス」のサウンド・トラックには収録されましたが、実際の映画には流れませんでした。

禁じられた色彩




禁じられた色彩発表後、1983年10月号ミュージック・ライフ誌に記載されていた、ジャパン解散後彼が初めて語ったjapanの思い出を転記します。(インタビュアー:キム山門)

●今こうして話していると、あなたにとっての「ジャパン」というものは、すっかり過去のものになったという感じがするわね。

○そうだね、ジャパンが終止符をうった時には、本当にほっとしたよ。肩の荷がおりた感じだった。

終わりを決めてから実際に完結するまで、長い時間がかかったからね。ビデオやライブアルバムを作らなければならなかったし、それに最後のフォト・セッションなんかは解散につきものだし・・・僕らを一緒にすることが、なにかしら起こっていた。

そういうことが重なれば重なるほど、僕にはそういうことが嫌になって、早く全てを終わりにしたかったんだ。そして1〜2ヵ月後、本当に全てが終了した時僕らがやっていたことが間違っていたこと、そしていろんなことがいかにももったいぶっていたか、ということが見えるようになってきたんだ。ああいう状況の中では二度と仕事はしたくない。

●ジャパンのことは忘れてしまいたいと思っている間も、実際に「メモリアル・ライブ〜オイル・オン・キャンバス」が成功を収めているっていうのは、不思議なものでしょうね。

○うん、そうだね。

●でも、あのアルバムは、いわゆる”ライブ・アルバム”とは違っていて、とてもいいと思ったわ。

○でもライブ・アルバムというのは、どっちにしても退屈・・・そう思わないかい?(笑)ライブ・アルバムがすきな人なんて1人もいやしない。

それが問題なんだ。だから僕らのライブ・アルバムは、何か違ったことをトライしてみたかった。そうすれば、みんな聴く気になるかもしれない・・・そういうことだったんだ。

●スティーブやリチャードやミックとは、これまで長年一緒にやってきたわけだけれど、彼らは今じゃ、本当に優れたミュージシャンになったと思うの。あなたは彼らをどう評価しているのかしら?

○スティーブは常にいいプレーヤーだったし、とても技量があると思う。もっとも明白に、そして着実に進歩したよ。 

リチャードは、ジャパンがスタートした当時は、あまりうまくプレイできなかったね。かれはピアノを弾くテクニックを持っていなかったから。

でも、その後、シンセサイザーを使うようになって、これが彼を少し変えることになったんだ。リチャードはサウンドをクリエイトすることを始めるようになった。

ミックも、ある意味ではリチャードの場合と似ているといえるね。でも彼は、彼独特のベース・プレイを発展させたと思うよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1984年、1stソロ「ブリリアント・トゥリーズ」を発表します。個人的には、ソロ作品の中では一番好きですね。近年は、声も太く変わっていますし、まだ商業性も感じられる作品だからかな・・・。「ブリリアント・ツリーズ」の次に出たのが、坂本龍一、土屋正巳、ロバートフリップ、パーシージョーンズ、ホルガーシューカイなど豪華メンバーが参加の当初カセットのみで発売された「錬金術 Alchemy」。

ブリリアント・ツリーズ




Alchemy: An Index of Possibilities




Alchemy/An Index of.. [12 inch Analog]



「ブリリアント・トゥリーズ」はアコースティックな音楽性を取り入れながらも、80年代のジャパンからの流れも感じさせる作品でスマッシュヒットしました。

アルバム発表後、1984年7月号ミュージック・ライフ誌の彼へのインタビューを一部抜粋して転記します。(インタビュアー:キム山門)

●ソロアルバムの話から始めたいんだけれど、トップに収められた”プリング・パンチズ”からは「錻力の太鼓」の雰囲気が感じられたんだけれど・・・

○あの曲は初めの頃に書きあげた曲なんだ。アルバムの中では、他のどの曲より、ジャパンに近いものだと言える。

ただ、あの曲にはジャパンにはなかったダイナミックなエネルギーが存在していると思う。ジャパンの曲は、全て雰囲気を基盤としたものだったからね。

僕は気分とか、雰囲気とか、そういうものをまったく考えない曲を作ってみたかったんだ。

あの曲に関しては、かなり大きな音で聴くべきだと思う。そうすると、あの曲が何を歌っているのかわかるよ。そんなタイプの曲だよ。

●それは大きな変化だと思うわ。ジャパンのアルバムは、決してそんな大きな音で聴こうと思わなかったもの。

○同じことが他の曲にもあてはまるかどうかは、わからないけれど・・・他の曲は”プリング・パンチズ”よりムードを大切にしたものだからね。

でも、本当のこと言うと、あの曲をアルバムに入れるかどうか、かなり迷ったんだ。他の曲とは違った印象を持っているからね・・・アルバムの1曲目としてはいいと思うけど。

●シングルにはどの曲を選んだの?

○”レッド・ギター”だよ。”プリング・パンチズ”では、アルバムがどういうものか、みんなに間違った印象をあたえてしまうんじゃないかと思って・・・


この頃、音楽以外でもポラロイド写真集を発表します。

Perspectives

中古価格
¥17,427から
(2011/8/27 22:30時点)




ロンドンのハミルトン・ギャラリーにて展示会も開催されました。写真のコラージュとか、おもしろいですよね。

また、日本滞在中に撮影したドキュメント・ビデオ「美しき予兆」を発表します。美しい映像ですよ。
美しき予兆.jpg

美しき予兆 [Laser Disc]




1986年、ビル・ネルソンやキング・クリムゾンのロバート・フリップを迎えて「遥かなる大地」をリリース。

デヴィッドは、1980年代のキング・クリムゾンが好きだったようでロバート・フリップをゲストギタリストとして呼んだわけですが、
ここからロバート・フリップとの関係が生まれて・・キング・クリムゾンのボーカルとして誘われますが・・・
断わるものの後に共作「The First Day」を作るようになります。

でも、残念ですね結構デビッドは、クリムゾンとマッチしたと思うんだよね。
ただ、性格的にフリップとぶつかって長続きはしなかったかもだけど、
もう一枚は作れたんじゃないかな?


Gone to Earth (W/CD)




The First Day




Damage




1987年には、「シークレット・オブ・ザ・ビーハイブ」を発表。少々・・地味な感じは否めませんが、非常に深い歌詞と曲で完成度は高い作品であり、デヴィッドのファンならば、満足する作品かと思われます。1989年非常に前衛的でアーティスティックなシングル「POPソング」をリリース。そして12年ぶりに1999年アルバム「Dead Bees on a Cake」をリリース。

ポップソング




段々とジャパンの時の様に「売れたい」「ヒットしたい」とか感じさせないアート的な作風に以降なって行くんだよね。

やっぱり、ジャパン時代の最大のヒットが個人的な作風の「ゴースツ」だった事が、
彼のその後の方向性を決めたのかもしれないね。

個人的には「クワイエットライフ」の頃のようにあがきながらキャッチーな曲を模索していた頃も好きなんだけどね。

Secrets Of The Beehive-st




Dead Bees on a Cake




1999年4月号Keyboard magazineに「Dead Bees On A Cake」発売に合わせた彼のインタビューが記載されていたので、一部抜粋して記載。(text: Yoshio Ojima)

●12年ぶりのソロ・アルバムですが、ソロ名義のアルバムとコラボレーションには心構えの点での違いはありますか?

○ソロだと曲作りからミキシングまで、すべて自分の思いのままにできるけど、コラボレーションだとパワーや方向性の一部を相手に与えることになるからね。

今回のアルバムは、断続的ではあるけど3年かけてレコーディングし、あらゆる面で本当に完璧だと思えるまでやれたから、最近僕がやったどの作品よりも身近に感じられるね。

●新作はこれまでのソロ・アルバムと少しイメージが違うように感じたのですが、心理的な変化などはあったのでしょうか?

○ここ5〜6年の間に随分変わったと思うけど、大半はポジティブなものだった。

結婚してアメリカへ居住したし、ふたりの素晴らしい娘に恵まれた。そのほかにはスピリチュアルな面での師とも出会ったし、そういったことがかなり短時間に起こったんだ。

これらすべてがアルバム作りに取り込まれ反映されているから、アルバムの根底には一貫して”喜び”が存在していると言えるだろうね。

●最後に、熱心なファンの多い日本のリスナーにひと言いただけますか。

○新作を気に入ってくれるとうれしいな。ソロ・アルバムを出すのは実に久しぶりのことだけど、これは僕の最高傑作と思っているし、僕の心にとても近いものなんだ。だから、そこに何らかの価値を見いだしてほしいと願っているよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後のアルバム

Approaching Silence




Everything & Nothing





Camphor




Blemish





Good Son Vs Only Daughter: Blemish Remixes (Dig)




When Loud Weather Buffeted Naoshima by David Sylvian





Manafon




Sleepwalkers





Died In The Wool - Manafon Variations




A VICTIM OF STARS





THERES A LIGHT THAT ENTERS HOUSES WITH NO OTHER HOUSE IN SIGHT by David Sylvian (2014-12-17)




PLIGHT & PREMONITION F





Flux Mutability







2006年、弟のスティーブ・ジャンセン、バーント・フリードマンの3人でナイン・ホーセスを結成。ファースト・アルバム「スノー・ボーン・ソロウ」には坂本龍一らも参加し、独創的な音作りをしています。

スノー・ボーン・ソロウ




マネー・フォー・オール




Wonderful World




■関連書籍等

デイヴィッド・シルヴィアン (ele-king books)




Trophies: Lyrics of David Sylvian





Hypergraphia: The Writings of David Sylvian 1980-2014




David Sylvian As a Philosopher: Forays in Postmodern Rock (Music)





Perspectives: Polaroids, 1982-84




La filosofia di David Sylvian. Incursioni nel rock postmoderno





■楽譜等

デヴィッド・シルビアン 「Brilliant Trees」 フルスコア (ベスト・アーティスト・シリーズ 5)




If you are interested in Japanese gothic, darkwave, and post-punk influenced music,
please visit the official site of Velvet Ashes.

https://velvetashes20xx.com
posted by Velvet Ashes | Japan at 22:59 | TrackBack(0) | David Sylvian | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Listen to Velvet Ashes on Bandcamp

カテゴリ